トウモロコシの軍隊
トウモロコシの軍隊
賢治の童話「畑のへり」はトウモロコシが畑に実る様をカエルの目を通して描かれた作品です。特にトウモロコシの描写は賢治ならではユーモアと不思議な例えに満ちています。
麻が刈られましたので、畑のへりに一列に植ゑられてゐたたうもろこしは、大へん立派に目立ってきました。小さな虻だのべっ甲いろのすきとほった羽虫だのみんなかはるがはる来て挨拶して行くのでした。
たうもろこしには、もう頂上にひらひらした穂が立ち、大きな縮れた葉のつけねには尖とがった青いさやができてゐました。
そして風にざわざわ鳴りました。
一疋の蛙が刈った畑の向ふまで跳んで来て、いきなり、このたうもろこしの列を見て、びっくりして云いひました。
「おや、へんな動物が立ってゐるぞ。からだは瘠やせてひょろひょろだが、ちゃんと列を組んでゐる。ことによるとこれはカマジン国の兵隊だぞ。どれ、よく見てやらう。」
そこで蛙は上等の遠めがねを出して眼にあてました。そして大きくなったたうもろこしのかたちをちらっと見るや蛙はぎゃあと叫んで遠めがねも何もはふり出して一目散に遁にげだしました。
蛙がちゃうど五百ばかりはねたときもう一ぴきの蛙がびっくりしてこっちを見てゐるのに会ひました。
「おゝい、どうしたい。いったい誰たれににらまれたんだ。」
「どうしてどうして、全くもう大変だ。カマジン国の兵隊がたうとうやって来た。みんな二ひきか三びきぐらゐ幽霊をわきにかかへてる。その幽霊は歯が七十枚あるぞ。あの幽霊にかじられたら、もうとてもたまらんぜ。かあいさうに、麻はもうみんな食はれてしまった。みんなまっすぐな、いい若い者だったのになあ。ばりばり骨まで噛かじられたとは本当に人ごととも思はれんなあ。」
「何かい、兵隊が幽霊をつれて来たのかい、そんなにこはい幽霊かい。」
「どうしてどうしてまあ見るがいゝ。どの幽霊も青白い髪の毛がばしゃばしゃで歯が七十枚おまけに足から頭の方へ青いマントを六枚も着てゐる」(後略)
トウモロコシ(玉蜀黍、学名 Zea mays)は、イネ科の一年生植物です。
今年もまた、トウモロコシの収穫の季節がやってきました。
宮澤賢治 童話・畑のへり