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特別講義ールドゥーテに学ぶ現代ボタニカル・アートの方向性 第2回

特別講義ールドゥーテに学ぶ現代ボタニカル・アートの方向性 第2回

ルドゥーテ美花選に学ぶ構図と配色の応用~ブーケ

今回は構図の応用編として美花選を採り上げてみました。前回にも簡単にお話致しましたが、ルドゥーテはバラ図譜、ユリ科図譜とボタニカルアート&イラストレーションとして高い評価の作品集を出しましたが、実際のところ図譜は売れず、制作費の回収が難しい状況になっていました。そして晩年、サービス精神を発揮して、作られたのがこの美花選と言われています。まさしく「花の肖像画」と言えるこの作品集は少し植物学的な説明から離れ、優美な曲線で花や蝶まで描いています。

ボタニカル・アートの延長線上で描くブーケ

ブーケと言うと大変難しく考えがちですが、通常のボタニカル・アートの考え方の延長線上で描く事が可能です。Aの作品は花と蕾の枝を交差する事でブーケ風にしています。大幅に植物の姿を変えることなくブーケとして表現しています。Bの作品はシクラメンの例です。私も良く初心者の人におすすめしている描き方ですが、シクラメンは地中に根塊があるため、中心辺りから花が出て、花の周囲に沢山の葉がつきます。本来はこの姿を描くべきですが、Bのように花と葉をまるで切り花のように並べて描く方法で、本来の姿を誤解させることなくブーケ風にシクラメンを完成させています。

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CとDは不思議な作品です。なぜならブーケ(花束)ではないのにブーケの様な作品に見えるからです。Cは後ろ向きの花や、色の違う蕾を描く事でまるでブーケの様に感じさせています。Dは何もしていませんが、ライラックのゴージャスな花と葉にのった水滴をあえて描いた、ルドゥーテ独特の感性がそう思わせているのかもしれません。

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種の説明をブーケで表現する

色々な品種を説明する際、ブーケの表現を使うと、よりそれぞれの品種を比較対照しやすくなります。Fは近い品種のブーケですが、色が似ているため後ろ向きの花を加えて、色に変化を加え構図に奥行きと動きを出す事に成功しています。Gの様に元々変化に富んだ種を説明するのは簡単です。好きなだけそして思う存分愛を込めて描き込むと言う事です。

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ブーケの王道と言えばこれ!!

「ルドゥーテのブーケ」と言えばこの2作品(IとH)があまりにも有名です。Hは安定した三角形の構図で主たるモチーフの花を配列し、隙間を葉や蕾で埋めながら全体の構図はオーバルにして安定感と優雅さを両立させています。
Iも主たるモチーフは三角形に配列しています。しかし、色が白い花が左斜め上方にかたまってしまった為、更にその上にビオラをのせて黄色がスイセンとつながりを、紫が白い花をより引き立てています。

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蝶を加えて優雅の極み

ルドゥーテのブーケ作品の中で最も優雅な作品がJではないでしょうか...しかしただ優雅なだけでなく、画家としての構図や配色が絶妙に施されている事がわかります。もしここに蝶が描かれていなかったら、まとまりすぎた構図に色は黄色とピンクの2色でナナメに分断され、退屈な作品になったかもしれません。しかし、蝶を入れた事で、絵に動きが生まれ蝶の青い色が画面にアクセントになり構図のバランスも大変良くなっているのです。

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ブーケの応用編

この作品Kは確かバラ図譜の扉絵だった様に思います。花を組み合わせて描く事がブーケと言うならば、このリースの作品も含まれても良いかもしれません。リースは「つなぎ目」と「切れ目」の作り方が大変難しく、初心者の方にはお勧めできない構図です。ルドゥーテは「切れ目」に無いリースの構図で描いています。おそらく両側の一重のバラから描きはじめ最後に上下の「つなぎ目」を小さなバラでふさいだのでしょう。扉絵にするにはあまりにももったいないくらいの作品ですが、逆に次のページへの気持ちを高めてくれる作品でもあります。

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さすがのルドゥーテでも...

ブーケは花を何本か描けばブーケになる訳ではありません。さすがのルドゥーテの作品の中にも理解に苦しむ作品があります。私が特に気になったのは作品Lです。まずどうしてこの2種類だったのだろうか?と思いました。アヤメ科とヒガンバナ科の植物で単子葉と言う以外あまり共通点がありません。しかも微妙に広がり気味の平行な構図で、左側に何かを加えたい気持ちにさせられます。私だったら、作品Mの様に大きく白いキンポウゲ科の植物と蝶達を加えたことでしょう。ひょっとするとルドゥーテはそのつもりだったのかもしれません。

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ルドゥーテの肉筆画に学ぶ今後のボタニカル・アートの行方

アートという言葉のもつ意味

ボタニカル・アートと言う言葉をはじめに日本に紹介したのは日本ボタニカルアート協会(1970年創立)です。最近は色々な言葉が増え、ボタニカルイラストレーション、植物画など一般的に使われる言葉がさくさんあり区別するのが難しくなっています。私の中では外来語としてのボタニカルアート/イラストレーションに対して植物画/植物図と言う風に考えています。今後のボタニカル・アートの方向性を考える時、ボタニカル・アートの「アート」という言葉がキーワードになるでしょう。

「アート」と言うとすぐに「自由に描く」と誤解している人がいますが、ボタニカル・アートの場合は「花の絵」ではないので「完全な自由」は存在しえません。今度は逆にボタニカル・アートは植物学を踏まえつつ、ブーケや植生などを描いたものが今後の「新しいボタニカル・アート」だと言う人もいらしゃいます。しかし、これは単なる構図どりの表面的な事にすぎません。ではボタニカル・アートとは...今後のボタニカル・アートの進むべき方向は...という事をルドゥーテの時代と比較して考えてみましょう。

まず、この2つの美しいブーケ作品を見て頂きたいのですが、これはルドゥーテの肉筆画です。はっとする様な植物の佇まいにルドゥーテ独自のデフォルメが写実絵画ギリギリで成されています。そう、この2作品にこそこれから私たち現代作家が進むべき道へのヒントが隠されています。

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ルドゥーテが生きた時代は印刷技術が未発達であったため、今でいう写真やオフセット印刷の代わりが銅版や石版を用いた版画でした。逆にだからこそ現在では「版画作品」として原画同様の価値があります。しかし本来の目的は出版物としての役割のもので、多くのボタニカル・アートは出版物用の図版として描かれてきました。つまりボタニカルイラストレーションとして描かれてきたものがほとんどです。では、印刷技術、ネットワーク、情報全てが整った現代私たちはどのようなボタニカル・アートを描くべきなのでしょうか。
そう、まず私たちはボタニカル・イラストレーションではなく、ボタニカル・アートを描いているのです。つまり、印刷や大勢の人への頒布を目的としている「ボタニカル・イラストレーション」を描いているのではなく、原画を観賞して頂くために描いているのです。

先に挙げたルドゥーテの肉筆画は今まで紹介してきた図譜とは明らかに違います。画家の息遣いや筆致が感じられる「観賞するための作品」になっています。「でもこれはオフセットで印刷されたものでしょう?」と言う声が聞こえてきそうですが、そうなのです。私自身は水彩を用いて描く時、必ず印刷で再現しにくく描くようにしています。オフセット印刷にしてもデジタルにしてもある限られた色で表現されているので、かならずしも原画に忠実に色が再現されているわけではありません。私の描くボタニカル・アートは光と鑑賞者の眼が存在しないとその美しさが伝わらない様に描いてあるのです。これこそが、ボタニカル・アートの「アート」の大切さではないでしょうか?ルドゥーテの肉筆のブーケ!私はまだ観賞した事がありませんが、きっと原画はもっと美しのだろうと想像をふくらませてしまいます。いつかどこかでこの肉筆画を観賞出来る機会に恵まれる事を日々念じ続けたいと思います。

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