岩手県大迫町
岩手県大迫町
エーデル・ワイン
「早池峰山に行きたい!ウスユキソウを描きたい!そしてエーデルワインを訪ねてみたい!」そんな気持ちになったのは、2000年から毎年通い続けている礼文島での常宿ペンション・う~に~での事でした。今では「お帰りなさい」と迎えられるほど親しくさせて頂いているペンション・う~に~さんでは、宿泊初日の夕食のメニューは決まっていて、食前酒としてエーデルワイン社のロゼ「コンツェルト」がだされます。独特のベリーの風味が、一度飲んだら忘れられないロゼですが、白も赤も大変おいしく、礼文島の花々を描くために、一日中歩いたあとの1本(1杯ではなく)は、出される料理同様格別です。そして毎晩ワインを楽しむにつれ、私の興味はこのワインをはぐくんだ、岩手は早池峰を訪ねる旅へと変わっていったのです。
早池峰山は岩手県の中央部にそびえる北上山地の最高峰で、標高1917mあり、ヨーロッパアルプスのエーデルワイス(ウスユキソウ)よりも美しいといわれるハヤチネウスユキソウが咲く山として有名です。ほかにもナンブトラノオなど数種類の固有種もあり、日本で最も古い中生代の地質で山体は蛇紋岩からなる氷河期の浸食に耐えた残丘の山だそうです。ハヤチネウスユキソウやナンブトラノオなどは蛇紋岩地帯の植生だそうです。早池峰山と同様に蛇紋岩植物で名高い山域には北海道のアポイ岳や群馬県の尾瀬にそびえる至仏山などがあるそうですが、蛇紋岩はそれ自体が加工されて肥料として用いられることから、植物の生育に必要なカリウムやマグネシウムが豊富なのでしょう。なので蛇紋岩が露出する南斜面の裸岩地帯には高山植物の群落が広がるそうですが、「登山道は滑りやすい蛇紋岩の上を縫うようにつけられている」という山のガイドブックのくだりを読んだとたん、足がすくむような思いがよぎった、梯子さえも苦手な高所恐怖症の私にはちょっと厳しい感じでしたが、まずは下調べの意味も兼ねて早池峰山の山麓は大迫町のエーデルワインさんを訪ね、ブドウを描く事にしました。(早池峰山とハヤチネウスユキソウの写真はwikipediaより)
野外でのスケッチは天気が気になります。エーデルワインさんの訪問日は岩手入りした翌日に予定していましたが、その日は天気が悪くなる予報に変わっていたので、急遽予定を変更してエーデルワインさんに向かいました。
前もって、スケッチの件をお願いしていたのですが、急な予定の変更にもかかわらず、エーデルワインさんの敷地内にあるワインシャトー大迫の店長でもありブドウ生産者でもある村田店長がご親切に対応して下さいました。
ブドウ畑はワイナリーの裏手の小山の緩斜面にあります。ご案内頂く道すがら、ずっと思っていた質問をしてみました。それは、あの特徴的なロゼワイン「コンツェルト」のことです。伺ってみるとそこには大迫町ワイン誕生秘話がありました。コンツェルトの原料であるキャンベルは生食用としてよく出回っている品種です。大迫町でも生食用にキャンベルを生産していたそうですが、どうしても美しい形を要求される生食用は、規格外になってしまうブドウが大量に出てしまうそうです。丹精込めて作ったブドウが見栄えが悪いからという理由だけで買い叩かれたり、廃棄されるのは忍びないと、当時の大迫町の町長でありブドウ生産者でもあった村田店長のお父上とブドウ生産農家の方々のご尽力によりエーデルワインの前進である岩手ぶどう酒醸造合資会社が設立され、ブドウを余すところなく使うワイン作りが始まったそうです。工場から漏れ出てくるブドウの芳香に包まれながら、感動的なお話を伺う事が出来ました。
ほどなくワイン畑に着き、村田店長がご夫婦で栽培されている畑に入れて頂きました。ワイナリーに来る途中で見かけたブドウ畑はヨーロッパ様の垣根仕立てでしたが、こちらは良く見かける棚仕立てです。早速スケッチの準備をはじめました。
ブドウを描く
リースリング・リオンはリースリングと甲州三尺との交配種です。
ブドウ達は大きな房をたわわに実らせ、まるで生き物のように棚から下がっていました。その壮観さに海中か異次元にでも迷い込んだような気持ちにさえなりました。どれを描いたらいいのか迷ってしまうほど素晴らしい個体ばかりなので、一番近くに下がっていた房を描く事にしました。
まさしく一期一会ですね。
まず、構図を決め、なんとか表葉が入る構図を見つけましたが、ブドウを描くとたいていは葉が後ろ向きになってしまう事が多く、構図どりが大変難しいのです。
私は外で描く時もたいていは本番用の紙に描きます。それを仕上げて作品にするのですが、しかし今回は持って行ったスケッチブックが少し小さかったので、ブドウと葉を分けて描く事になりました。なので本画はまた描きなおすことになるのでまず、ブドウのデッサンに軽く陰影をつけ、本画の際の参考になる程度に彩色することにしました。
デッサンについて
鉛筆でまずブドウの実をひと粒ひと粒丁寧にデッサンしていきます。資料として写真を撮ってはいますが、人間と写真では見え方が違うので、必ずデッサンは現物を肉眼で見て行います。陰影も同じく目で見て軽く調子をつけます。本画には使用しないので、鉛筆で影をつけてしまうのです。葉や茎のデッサンをします。今回は葉を頂く事が出来たので、構図に対しての葉の形や葉脈、鋸歯をおおまかに描いておきました。柄のつき方などは後でわからなくなる事がありますので、しっかりデッサンして資料写真も撮っておきます。
彩色について
まず全体的に淡く彩色していきます。あくまでも本画のための下絵であり、覚書なので、色の変化などをメモするつもりで彩色します。時間の制約のある中での彩色なので、本画につながるようにある一部分だけ少し詳しく描いておきます。透けて見える種や、ブドウの中心部分に見える軸を描きます。最後にブドウの粉をふいた感じも現物を見て描いておきます。粉をふいた部分は「描かない事」で表現します。ですから、「粉のないところを彩色する」事で表現するのです。絵の具のにじむ性質を利用して粉をふいているところといないところの境界を作っていきます。
ブドウのスケッチと淡彩彩色の様子は動画でご覧下さい。
宮澤賢治を訪ねて
宮澤賢治は自らの作品に登場する植物や動物、鉱物、天体など数々のモチーフを生まれ育った岩手の地に見出した県を代表する作家です。ここまできて寄らない手はありません。エーデルワインさんでのスケッチをすませると東北新幹線の新花巻駅の近くにある宮澤賢治記念館に足を延ばすことにしました。
宮澤賢治記念館に入場される際は、以前ご紹介した箱根の旅と同様、関連施設(宮澤賢治童話村、イーハトーブ記念館など)を巡られる場合はセットチケットがお得ですので、受付にてお尋ね下さい。
さてさて館内は賢治ゆかりの品々で満たされています。鉱物や絵画やその他諸々...賢治が多才であったことを忍ばせます。賢治の作品を良くご存じでないかたにも楽しめるよう、10分前後のアニメーションに仕立てたムービーを見ることが出来るコーナーが2か所ありますが、結構楽しんでしまいました。
その後、宿泊先があるエーデルワインさん近くのホテルに帰る道すがら、同じ大迫町にある早池峰と賢治の展示館、通称「猫の事務所」へ寄る事にしました。
この展示館は、明治35年当時の旧稗貫郡役所を復元したもので、賢治の童話の一つである猫の事務所のモデルではないかと言われている、素敵な建物です。
1階は2部屋あり、登山家でもある管理人の方が詰めていらっしゃる事務所と、もう1部屋は猫の事務所のストーリーが、第一書記~第四書記、書記長達の人形で紹介されています。
古い洋館ならではの手すりがついた階段の途中には賢治の作品の挿絵で有名な高野玲子さんの版画作品が飾られていて、ゆっくり楽しみながら2階に昇れます。
2階も2部屋あり、1部屋は当時の官舎のままなのですが、まるで学校を思わせる雰囲気は、教壇に立つ賢治の姿が見えるようです。そしてもう1部屋は賢治が早池峰の地に訪れた際に常宿にしていた旧石川旅館の部屋が再現されています。賢治は早池峰山の地質調査に何度も訪れています。早池峰の蛇紋岩はリン肥の原料になることから、賢治が取り組んでいた農耕地の土壌改良の研究と関係があるのでしょう。当時のにぎわいを感じさせるように本物の食器などが飾られたその部屋は在りし日の賢治の姿を彷彿とさせます。
こじんまりとした施設ですが、とってもほっこりとした気持ちにさせるかわいらしい場所でした。
交・食・宿
東京方面から東北新幹線を利用される場合は、盛岡まで行くか、新花巻で降りるか迷うところです。新花巻に停車する新幹線は、仙台を出た後、各駅に停車していく関係で仙台盛岡間をノンストップで行く新幹線に何度も抜かれてしまいます。しかしながら、新花巻から大迫町まで車で30分なのでレンタカーやタクシーを利用すれば、盛岡からバスを利用するよりも近いです。盛岡を拠点とされるのか、大迫町を拠点とされるのか?はたまた新花巻か...ご自身のご興味とご相談ください。尚、エーデルワインさんでのスケッチについては事前にエーデルワインさんにお尋ね下さい。工場見学なども受け付けていらっしゃいます。敷地内にあるワインシャトー大迫はワインの直売所ですから、ここは予約は無しで大丈夫です。
エーデルワインさんのウェブサイトでご確認下さい。
関東方面より
JR盛岡駅よりバス利用
【岩手県交通 大船渡線】
盛岡バスセンター → 大迫バスターミナルへ45分 下車後 徒歩15分でワイン工場へ (大迫バスターミナル隣にタクシー待機所あり)
【岩手県交通 盛岡・釜石特急】
盛岡バスセンター → 大迫バスターミナル下車 同上
【岩手県交通 大迫線】
盛岡バスセンター → 大迫バスターミナル下車 同上
JR東北線利用JR花巻駅下車 タクシーで30分
JR東北線利用新花巻駅下車 タクシー利用 25分で大迫へ
※夏期は、JR花巻駅・新幹線新花巻駅より早池峰山への登山バスが運行されます。平成20年度6月8日から9月7日までの土日に、1日2往復。
関東方面より(名古屋・大阪・福岡及び札幌から)
飛行機利用花巻空港からタクシー利用 25分で大迫へ
ワインハウス早池峰
エーデルワインさんの近くにある欧州レストラン、ワインハウス早池峰。
ハム、ソーゼージ、チーズなどのオードブルやパスタ、ピザ、メインの肉、魚料理。どれも地元大迫町や岩手の素材を生かしたワインに合う本格的な欧州料理が楽しめます。ワインはもちろんエーデルワインです。ウッディーな雰囲気の外観と店内には日本画が飾ってあります。100号はあるかと思うほどの大作と早池峰神楽とウスユキソウが描かれた小品です。初日の昼に訪れた際、その大きな一枚の絵をぼんやりと眺めていました。雪原の中にぽつりぽつりと葉を落とした木々を描いたその絵は、雪中の風景であるにもかかわらず、何故か暖かな雰囲気が伝わってくる不思議な絵でした。タイトルを見ると「春待つ」とありました。雪解けが始まり、春を待つ東北の人々の気持ちが表れた、素敵な作品だなあと思っていたところへピザとパスタが出てきたので、食い気がまさり、絵の事は忘れてしまっていましたが、2日目の晩に来た際、エーデルワインのスパークリングワインを飲みながら、料理を待っている間、再度その絵を見ていてビックリ!なんと作者名が「村田林蔵」となっているではありませんか!私はとっさに、昨日、畑まで案内して下さった村田店長と交わした絵画談義での、村田さんの一言を思い出しました。「私のいとこも院展に所属する画家で、鎌倉に住んでいるんですよ」そうです、そのいとこの村田さんが描かれた絵だったのです。初日にこの絵を見た時に作者の名前を確かめておけばもっと話に花が咲いたのに...ちょっと残念でしたが、注文したソーセージ、チーズは大変おいしく、特にチーズは上品でフレッシュな味わいでしたし、牛の頬肉のワイン煮込みも地元岩手産の魚料理も大変美味しく頂きました。礼文島の一杯から始まった今回の旅は、賢治の童話世界と素敵な絵、そしてエーデルワインの人々の出会いに感謝する心温まる旅になりました。
注文の多い料理店 山猫軒
宮澤賢治記念館の駐車場敷地内にあるレストラン「山猫軒」は言わずと知れた賢治の作品に出てくる料理店から名前をとったお店です。「お若い方、ふとった方大歓迎」の看板につられて入ると、店内は土産物店になっており、その奥にレストランがありました。立派な洋館のリビングのような内装で、店内各所に飾られた猫型の額縁には「注文の多い料理店」の話が少しずつ描かれていて、オリエンテーリングのように楽しみながら熱心に写真を撮る少年もいました。ここでは洋食だけではなく、岩手の郷土料理が食べられます。味はボチボチですが、賢治にちなんで考案された料理をネタに賢治談義をするのもまた楽しいひとときです。
ホテル ステイヒル
エーデルワインさんから歩いて5分、ワインハウス早池峰の道路を挟んで向かい側にあるホテルステイヒル。早池峰山への登山の拠点になっている、大浴場つきの宿。基本的に朝食は別料金予約制で夕食は出ません。夕食はワインハウス早池峰を利用しても良いですし、近所のラーメン屋さん、または15分ほどあるいて大迫町の居酒屋さんを利用するのも良いでしょう。コンビニもありますが、徒歩では厳しいです。今回は初日の夜が、たまたまワインハウス早池峰さんが貸切でいっぱいになってしまったとの事で、前もってホテルから連絡があり、夕食をどうするか尋ねられました。行動がはっきりしなかったので、夕食は予約しませんでしたが、宿泊した翌朝の朝食は、地元の野菜を使った典型的な朝食でしたが、シンプルでおいしかったので、夕食も予約すれば良かったと後悔した次第です。