ボタニカル・アーティストのための色彩学2
ボタニカル・アーティストのための色彩学2
混合の三原則とボタニカルアートにおける混色の三原則
学生の頃、色彩理論は必修科目でした。その当時は難しい教科書とにらめっこしながら「これが何の役にたつのだろう...」と思っていました。その後、自己流で植物画を描き始め、佐藤広喜先生に師事。指導の仕事に携わるようになって数年たったある日の事、突然学生の時に勉強した色彩理論がボタニカルアートでも生きる事を発見しました。
前回は色彩における基本的な考え方をお話ししましたが、今回は混色法をより具体的な方法に置き換えてご説明してゆきたいと思います。
具体的な混合の三原則
一般的に言われる混合の三原則は加算混合、減算混合、中間混合の3つになります。簡単に内容にもふれておきましょう。
1)加算混合:一般的には光の混合と呼ばれる混合法で全ての色を加算すると、白もしくは透明になる事を意味します。プリズムで光の色を分解すると七色の虹のようになります。あれは無色に見える光が実は7色の色で作られている証しでもあるのです。
2)減算混合:皆さんがよく使う水彩絵の具もこの混合法を基本としていると言って良いでしょう。全ての色を混ぜると黒になるという混合法です。実際は全て混ぜても濁った茶色になるだけなので、やはり黒を入れないと黒にはなりにくいようです。
3)中間混合:日本語には「玉虫色」という言葉があります。これは中間混合の事を考えても良いかもしれません。上等なコートの裏地を見たら、複雑に見える色の裏地がはられていたなんて経験はありませんか?あれは縦と横の糸の色を異なる色で織り上げて視覚的に色を作り上げています。人間は接近して置かれている色同士やセロファンなどを重ねた色を目で混ぜて見る事が出来るようです。
この人間の目の習性をうまく利用し彩度を下げずに美しい絵を描いたのが印象派の画家達だとも言われています。余談ですが私が仕事をしていたイタリアでは玉虫色の布のことを「カンジャンテ」と言っていました。「カンジャンテの技法」は「玉虫技法」で、ミケランジェロが衣の光沢表現で使っていたと言う説があります。そのものの固有の色では無い色を置くことによって成立していく技法です。
さてここから本題に入りたいと思います。絵画で表現する場合は前述の2と3を駆使して描いていくことになりますが、最初にもお話したようにここからは「ボタニカル・アートにおける混色の三原則」を具体的な例をお見せしながら説明してゆきましょう。
原則1 パレットの中で混ぜる
この混色法は皆さんが普通に行っている混色法です。植物の色を見ながら、絵具を混ぜます。これは前述の理論の(2)減算混合にあたります。なので反対色(補色)や何色も混ぜすぎると黒に近い色になり彩度が下がっていく事を認識しておきましょう。
原則2 目で混ぜる
「目の中で」と言う日本語は正しくありませんが、あえて皆さんに理解し易く原則1と対比させるために使用している言葉です。
原則1を用いても出せない色の場合、たいていはこの法則を用いて描いてゆきます。美しいチューリップの色が出せなくて困った経験はありませんか?こんな時は透明水彩のセロファン効果を利用して描いていくと彩度を下げずに色を作る事が出来ます。特に黄色は何にでも混ぜることが出来そうな色の気がします。しかし、黄と青を混ぜたり、黄と赤を混ぜたりすると色が濁ってしまいます(図-1)。そんな時、先にも述べた様に黄の上に赤を重ねる事で視覚的に美しい赤を表現する事が可能になります。この時「色彩学」の際にもご説明した「色相環」を思い出して下さい。黄色を下地に入れるとその分、黄色によりになりますので上に重ねた色は少し鮮やかな色(赤の場合はオペラ等)を入れた赤を重ねると良いでしょう(図-2)。
原則3 紙の中で混ぜる
原則3は水彩テクニックとしては難易度が上がります。私は特に「たらし込み」と「ねり込み」を良く使用します。まず「たらし込み」は水や絵の具で濡れている紙に絵の具を置いてゆきます。この「置く」という動作がとても大切です。なぜなら「紙が濡れている」イコール「紙がむけて傷みやすい」状態ですから、この時いつも通りに絵の具を塗ってしまうと仕上がる頃には画面がボロボロになってしまいます。
「ねり込み」は私が良く油彩を描いていた頃に使用した技法で、これを水彩に応用して使用しています。ほとんどの場合は厚く重ねてある絵の具の上に白を塗り画面上で絵の具を混ぜていきます。
「たらし込み」と「ねり込み」の2つに技法が入った「ブドウの実の描き方」でこの2技法を説明致しますのでご覧ください。
最後に
ここで私の大好きなダリアの混色についてお話しましょう。
ダリア「黒蝶」はある意味今回ご紹介した全ての混色技法が入った題材と言えます。
1)下地にブライトローズを入れて後に塗る色の発色を引き上げています。これは2の原則です。
2)パープルレーキも(2)の原則を更に強くするための色です。
3)濁った色同士の混色、これは(1)の原則です。しかし、下地に2色の色が彩度を上げるために彩色されていますので、きたなくなる事がなく「黒蝶」の赤黒い色につながっています。
4)そして最後に(3)の原則でねり込みを行っています。光を塗り残しではなく色の鮮やかさや白で表現する事でリッチなビロード状の赤の表現が実現するのです。
この様に自分の目の前にある植物体を自分がなし得る技法、技術を用いてどう表現するのか....描き出す前に植物としっかり対峙して考える事がボタニカル・アートには一番大切な事です。