ボタニカル・アーティストのための紙選び
ボタニカル・アーティストのための紙選び
ボタニカル・アートを描く上で鉛筆、絵の具、筆、消しゴム等、描くための道具類に注意を払っている方も多いはずです。しかし、私が最も重要視しているのはその絵の土台になる「用紙」です。今回は絵の仕上がりについてのお悩みを解決する紙選びのポイントをご紹介していきます。
紙をいつ変えるのか...という疑問に対しての答えは、「基本的に今何か絵の仕上がりについて問題や悩みが無い場合は紙を変える必要はありません」なぜならば「紙を変えることは絵を変える事」というぐらい大変な事だからです。時には技術的な対応や変更が必要が生じる事もありますので現在用紙に対して取り立てて不満の無い方は変更しない方が無難でしょう。
では、どんな時どんな問題や悩みを抱えている時に用紙を変更すると良いのでしょうか?実際に私が今まで見てきた例を挙げて簡単に説明してゆきましょう。
問題点 1 絵が仕上がった時に紙が波打ってしまう。
この問題は初心者によく見受けられます。絵の具の溶き方、筆への含ませ方や乾かないうちに何度も塗り重ねてしまう等々。色々な理由が考えられます。出来れば用紙を変えずに技術の向上を目指して頂ければ良いのですが、「水張りをしたくない」「展覧会に出品したい」など変更の理由がある方は「重たい紙」に変更してみましょう。
「重たい」とはまさしく紙の重さの事です。一般的に重たい紙は厚さも厚い事が多いのですが、厳密には関係ありませんのであくまでも重さで考えて下さい。では紙の重さはと言う事ですが、スケッチブックの表紙に275g/㎡とか300g/㎡等という表示がある事にお気づきでしょうか?そうです、これが紙の重さです。1m四方の紙の重さを表示してあります。ですから、同じ重さの場合、厚く見える紙は密度が薄く、薄く見える紙は密度が濃いと言えます。密度の話は次の項で説明致しますから、まずは厚さについてなのですが、まずズバリ波打ちが気になる方は300g/㎡以上の厚紙を使用しましょう。アルシェ、ファブリアーノなど、ヨーロッパの水彩紙は厚い物が多いので波打つことが無いでしょう。但し紙の種類が多いので必ず「極細」の細かい目の用紙を使用するように注意してみて下さい。以前、私はアメリカ製のストラスモア社ブリストルを使用していましたが、これは日本では廃盤になってしまい、残念です。
もし、万が一それでも波打つとしたらその場合はもう少し作品を沢山描き、絵の具の扱いに慣れて頂くしか方法はないでしょう。
問題点 2 筆圧が強く紙に鉛筆の跡が残ってしまう。
鉛筆で下書きを何度も何度も描き直していくうちに消したはずの線が溝になって残り、彩色をしたらその線が浮いてきたなんて経験はありますか?技術的には筆圧のコントロールが自在に出来るようにしなくてはなりませんが、こんな方は「密度の高い紙」を使いましょう。
密度とは前述したように厚さには関係ありません。ですからアメリカ製のストラスモア社ブリストルは厚いにもかかわらず密度が低くフェルト地のようにフワフワした紙でした。なので逆に厚みがなくても密度が高い紙もあります。但しこれは私が実際に絵を描いてみて感じる「紙の密度」なので科学的に検証したら実は違うかもしれませんが、ともかくこの問題にぶつかっている方はアルシェやファブリアーノをお勧めします。このほかに少し薄めの紙ですが、ドイツのハーネミューレもお勧めします。KMKケントのようにスムースな用紙で水彩の彩色としてはスピードを要求される紙ですが、鉛筆と消しゴムのダメージに強い紙と言え、何よりもリーズナブルなので今まで何をやっても改善しなかった方はトライする価値があるかもしれません。
アルシェやファブリアーノを使用する場合は、紙は鉛筆にえぐられない分、逆に鉛筆の粉が表面にパウダー状に残る傾向があります。ですから画面が全体に汚れてしまう事があるので、手で紙をこすらない様に、彩色前に画面全体をきれいに保つ注意が必要になります。
問題点 3 彩色が全体的に濃く暗い絵になる。
私自身もどちらかと言えば濃く暗い絵ですが、この事自体はさほど問題ではありません。但しこの事を不満に思っている方は技術的にいくつか注意すべき点のある方が多いようです。絵の具の濃度に注意する事はもちろんですが、彩色手順の見直しも必要です。しかし細かい事は気にせず、まず紙を変えてみましょう。
そこで脱濃い塗りの方にお勧めしたいのが「絵の具の浸透性の高い紙」です。
難しい言い回しではありますが、要するに絵の具が紙に染み込み易い紙という事です。そのためにはまず、イラストレーションボードが考えられます。BBケントやシリウスなどの水彩紙を合紙した厚紙の様なものですが、厚い分絵の具が紙の中心部に入っていきますのでなかなか濃くなりません。この性質を利用して描くと淡く描くコツをつかむ事ができます。その後、今までの紙に戻しても良いかもしれません。
問題点 4 筆跡が残ってしまい、ボカシや平塗りが上手にいかない。
教室などでこの悩みは良く伺います。技術的には絵の具の溶き方や筆への含ませ方、その他、様々な問題が考えられます。そのため紙を2通りの方法で選び、どちらかが自分にとって良いのか試す必要があるかもしれません。
まず、ひとつめは「水に強い紙を選ぶ」という考え方です。むらにならない様に彩色するために「下水を塗る」という方法があります。これはまず初めに塗るべき場所にきれいな水を塗り、紙が湿っている状態で彩色します。そうすると筆跡が残りにくくなります。但し水で濡れている状態で絵の具を塗るという事は紙を剥いて傷める原因になります。ですからアルシェの様な水に強い紙を使うと良いでしょう。
ふたつめは「浸透性の低い紙を選ぶ」という考え方です。前項とは真逆の考え方ですが、「浸透性が低い」という事は「紙の上にいつまでも絵の具が残っている」という事でもあります。ファブリアーノ・アーティストは比較的慌てなくても絵の具を伸ばせる気がしますが、特にドイツ製のシュールハマーという紙は絵の具の滞留時間が特に長いようです。「ようです」と申し上げたのは、私自身はまだ使用したことがないからです。以前、先輩から紙を少し頂戴しているのですがまだ試していませんが、その方の話によると、白い花を描く際にバックを全て均一に彩色する事が可能だそうです。ただ、浸透性の低い紙は絵の具の滞留時間が長い分、乾いた後に輪染みのように成り易いので彩色には十分注意が必要と言えます。
この様に用紙ひとつとっても絵画とは大変奥が深いものです。先日ミヤマオダマキの青紫色を塗りながら、紙を作った国の伝統や文化に感動してしまいました。
芸術文化の歴史が古い国は皆素晴らしい紙を作る事が出来る様です。産業や経済の発展とも関係があるのかもしれません。