もう迷わない。筆選びの3原則
もう迷わない。筆選びの3原則
原則その1 筆先の形で選ぶ
まず、筆はなんと言ってもその「先の形」です。塗る面積や表現したい内容に用いるテクニックに合わせて、使用する筆先の形が変わってくるので、最初にまず、ボタニカル・アートで一般的に使われている筆の種類を簡単にご説明しましょう。
点付:まさしく点を描くための筆です。
ボタニカル・アートでは細い箇所を描くときに使用します。
面相:もともと、その名の通り、人形の顔を描くための筆です。
ボタニカル・アートではこの筆を中心に使用して描きます。吉田の場合は、「桂,大」を使用しています。
彩色&隈取:一般的な水彩画、日本画などで使用される筆です。ボタニカル・アートではその性質上、繊細な表現を要求されるため、あまり使う事はありません。
白眉:面相と彩色の良い所を併せ持った筆です。バラの葉のように、繊細な鋸歯と大きな葉の面を同時進行で彩色する際に使います。
平筆:もともと、デザイン用として多く使用される筆です。
大きいサイズの作品の下地作りに使用します。
タタキ筆:ランダムな点を描いたり、かすれたマチエールを作るのに使用します。学生の頃は使わなくなった筆の先を切り落として自作の筆で描いていました。
ゴチック筆:主にレタリングやデザインで使用される筆です。軸は丸ですが、先が平らなので正面から見ると平筆で、横から見ると面相筆のような形をしています。平らに面を塗った後、先を使って面相風に使用したり自在に先の形を変えられます。ボタニカル・アートではほとんど使用しません。
原則その2 腹の大きさと長さで選ぶ
筆を大きさで選ぶとき、価格で選んだ事はないでしょうか?
太くて大きい筆は、当然高額になりますが、筆選びに欠かせないのは「ふくみ」と「ぬけ」です。この2つのキーワードを自在に手で操れるようになると、美しい平塗やぼかしが出来るよになるのです。まずこの2つのキーワードをご説明しましょう。
【ふくみ】 水分をどれだけ筆に溜める事が出来るかという意味で使います。水彩は「水の彩(いろどり)」と書くように、この水分量を操る事が重要です。
「たらし込み」や「ぼかし」にはふくみが多い筆が良いですし、ドライブラシなどは言葉通りに擦れ気味で描いていきますからあまりふくまない方が良いのです。
【ぬけ】 平らな面をムラなく塗る時は、筆を筆腹(筆の穂先の中間ぐらい)までおろしたあと、筆を引き上げてリズム良くバウンドさせながら描きます。こうする事で「筆の中で絵の具が出し入れされる」ので「絵の具切れをおこさずに」平塗をする事が可能になります。下の動画をご覧いただき、練習されるのも良いでしょう。
【太さと長さ・ふくみとぬけの密接な関係】
細い点を打ちたい時は「ふくみ」を重要視してしまうと
細長い筆を選ぶ事になってしまいます。
しかし、実際に使ってみると、筆がグニャッと折れてしまい、
点を描くつもりが短い線になってしまった事はないでしょうか?
このような場合は、点付という専用の筆があるのですが、
形を見ても分かるように細くて短い穂先の筆になっています。
あくまでも点を打つ場合は、点を美しく描く事が重要なので、
「ふくみ」は望まないという事なのです。
このようにテクニックに合わせて、
筆の長さや太さを決める事が大切です。
私なりのバランス表を作りましたので参考にして下さい。
「ふくみ」と「ぬけ」のバランス表
原則その3 毛の種類で選ぶ
筆を選ぶ時、どんな種類の毛を選んだら良いのか?迷った事はないでしょうか。毛の種類は大きく合成と天然の2つに分かれます。ボタニカル・アートには天然の毛の物をなるべく使用するようにしましょう。私が使っている4種類を中心に、その特性をご説明します。
イタチ:「ふくみ」「ぬけ」「価格」のバランスのとれた毛質です。
まず初心者の方はこれを購入するのが無難です。
鼬狸(ユウリ):字のとおり、イタチとタヌキの混毛です。イタチ毛より「ふくみ」は少ないですが、「ぬけ」は良くなります。イタチだと腰がない感じを受けたら、この毛質を選んでみたらいかがでしょうか。
コリンスキー:シベリアイタチを使用した最高級の毛質です。「ふくみ」も良く、「ぬけ」もしっかりあるので、上級者にはぜひこの筆を....でも価格も上級です。
リス:リス毛の筆はほとんどメーカーがハンドメイド風に作っています。糸と針金で止められただけの簡便な作りですが、水もちは最高です。ただ、腰が「全く無い」ので筆ぬけどころか、腰のぬけた筆のように柄から真横に曲がっていまいます。絵の具をたっぷりふくませて、にじませながら描く感じに向いていますので細部は全く描けません。
ここでご紹介した以外に、馬や猫(!!)なんて表記の筆もあったりします。
かの牧野先生は自分の筆用にネズミを飼っていたそうです。
ヒゲを使っていたとか...私が集めている猫のヒゲも使えるかしら....(笑)
筆の毛質のバランス表
ボタニカル・アート用和筆「桂」誕生秘話
それは小さな出来事から始まりました。
芸大のお膝元でもある上野は不忍池近くに日本画材屋の喜屋さんはあります。
ここのアトリエを月1回お借りして、「ボタニカル・アート プロフェッショナルコース」として、作家活動をなさっている方々とサロン的なクラスを主催しています。
そんなある日、喜屋のご主人から「筆職人の方に、筆のデモンストレーションをしていただけませんか?」と頼まれているのですが、どうでしょうか?とお声をかけて頂きました。ご主人がおしゃるには「最近、イタチ面相を使うボタニカル・アーティストの方々が増えてきているので、筆職の方がどんな使い方をしているのか、ぜひ見せて頂きたい」という事でした。それはもう、普段からお世話になっている喜屋さんの申し出ですから、ふたつ返事でお受けする事にしました。しかし1点困ったことが...当時、私の生徒さん達にはイタチ面相をお勧めしていましたが、私はあまりに描きすぎて、手を痛めてしまい、和筆からは少し遠ざかっていました。でもお受けした以上はしっかりお見せしなくては...という事でその日はやってきました。
その筆職の方は「名刺は持っておりませんので...」とおっしゃって、手書きの名刺を下さいました。筆職の肩書があり、お名前が書いてありました。こんな心のこもった名刺を頂いた事がなかったので、あたたかい気持ちになりました。当時私も名刺を持ち歩いていなかったので、何かの参考になればと、日本ボタニカル・アート協会の作品集を差し上げました。そして、いよいよデモンストレーション開始!!いろいろな使い方をお見せして....そして最後に私は正直に、現在手を痛めていて和筆が使えず、筆の柄を短く切ったり、洋筆にしたりしていると、今使っている筆を全てお見せしました。そして、その日のデモンストレーションは終了したのでした。
それからしばらくしたある日の事。
喜屋さんに伺うと、ご主人が「職人からお礼です。」と言って、筆を下さいました。20本ほどのその筆は麻ヒモで簡単にしばられており、穂先の細さの割には柄が太く、短くなっていました。そして柄には手書きで「桂」の文字が入っていました....あの時の感動は表現出来ません。筆職の方のプライドと人柄を感じた瞬間でした。私も何かその気持ちにお応えしたい。そう思い考えついたのが「桂」の企画でした。ファーストモデルはイタチ面相の2号の段軸仕立てでしたが、私にはまた細かったので、3号の穂先に5号の軸を付けてみてはどうか...長さをもう少し短くして...私のこの面倒なお願いに喜屋のご主人も気持ちよく引き受けて下さいました。そして大きさも3段階に増してお店にも置きましょうと言って下さいました。
そして、ボタニカル・アート用 和筆 「桂 ケイ」は誕生したのです。
人と人がつなぐ運命の不思議....
「若いうちにこの世界(ボタニカル・アート界)にきなさい。これから沢山、沢山ステキな出会いがあるよ。」と言って下さった、恩師、佐藤広喜先生の言葉を思い出していました。