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黄金のかんむり

黄金のかんむり

オミナエシ

ある死火山のすそ野のかしはの木のかげに、「ベゴ」といふあだ名の大きな黒い石が、永いことじぃっと座ってゐました。
「ベゴ」と云ふ名は、その辺の草の中にあちこち散らばった、稜のあるあまり大きくない黒い石どもが、つけたのでした。ほかに、立派な、本たうの名前もあったのでしたが、「ベゴ」石もそれを知りませんでした。
ベゴ石は、稜がなくて、丁度卵の両はじを、少しひらたくのばしたやうな形でした。そして、ななめに二本の石の帯のやうなものが、からだを巻いてありました。非常に、たちがよくて、一ぺんも怒ったことがないのでした。
それですから、深い霧がこめて、空も山も向ふの野原もなんにも見えず退くつな日は、稜のある石どもは、みんな、ベゴ石をからかって遊びました。
(中略)
ある日、かしはが云ひました。
「ベゴさん。僕とあなたが、お隣りになってから、もうずゐぶん久しいもんですね。」
「えゝ。さうです。あなたは、ずゐぶん大きくなりましたね。」
「いゝえ。しかし僕なんか、前はまるで小さくて、あなたのことを、黒い途方もない山だと思ってゐたんです。」
「はあ、さうでせうね。今はあなたは、もう僕の五倍もせいが高いでせう。」
「さう云へばまあさうですね。」
かしはは、すっかり、うぬぼれて、枝をピクピクさせました。
はじめは仲間の石どもだけでしたがあんまりベゴ石が気がいゝのでだんだんみんな馬鹿にし出しました。をみなへしが、斯かう云ひました。
「ベゴさん。僕は、たうとう、黄金きんのかんむりをかぶりましたよ。」
「おめでたう。をみなへしさん。」
「あなたは、いつ、かぶるのですか。」
「さあ、まあ私はかぶりませんね。」
「さうですか。お気の毒ですね。しかし。いや。はてな。あなたも、もうかんむりをかぶってるではありませんか。」
をみなへしは、ベゴ石の上に、このごろ生えた小さな苔こけを見て、云ひました。
ベゴ石は笑って、
「いやこれは苔ですよ。」
「さうですか。あんまり見ばえがしませんね。」

オミナエシ(女郎花 Patrinia scabiosifolia)は、合弁花類オミナエシ科オミナエシ属 の多年生植物です。秋の七草の一つで、秋になると茎頭に黄色い小花を咲かせます。この姿を賢治は「金のかんむり」と表現しています。
物語は、どんなに馬鹿にされても怒らないベゴ石が、調査に表れた学者達にその本当の価値を認められることによって立場が逆転して救われるという「デクノボー精神」の一形式として書かれたものです。

宮澤賢治 童話・気のいい火山弾
写真:wikipedia~オミナエシ

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