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特別講義ールドゥーテに学ぶ現代ボタニカル・アートの方向性 第1回

特別講義ールドゥーテに学ぶ現代ボタニカル・アートの方向性 第1回

ルドーゥーテと言えば言わずと知れたベルギー生まれ、フランスで活躍したボタニカル・アーティストです。ナポレオンの最初の妻であるジョセフィーヌ・ドゥ・ボアルネのバラ園のバラを描いたことでも有名で「バラの画家」とも呼ばれています。

ボタニカル・アートを始めるきっかけが「ルドゥーテに憧れて...」「バラを描きたくて...」と言う方はとても多く、ルドゥーテ=バラと思っている方も多いかと思います。しかしルドゥーテの作品はそれだけではありません。

今回はルドゥーテの作品をご紹介しながらボタニカル・アーティストとしての観賞の仕方についてお話したいと思います。第1回は「ユリ科図譜」第2回は「美花選」と「バラの画家 ルドゥーテ」を中心に進めたいと思います。

「ユリ科図譜」は「バラ図譜」と同じく植物学的な見地に立って作られた大変素晴らしい図譜です。しかし、学術的な価値とは裏腹に、この図譜のせいでルドゥーテは経済的に困窮を極めることになります。そしてそれを挽回するためにサービス精神旺盛な図譜として発表されたのが「美花選」です。この2つの図譜は対極にある作品集と言えますが、共に私たち現代作家が学ぶべきアイディアがぎっしりと詰まっています。シェークスピアの戯曲が、物語のパータンを全て網羅していると言われるように、ルドゥーテはまさしくボタニカル・アート界のシェークスピアかもしれません。

ルドゥーテの図譜から今後の現代ボタニカル・アートの方向性を模索していきたいと思います。

ルドゥーテ作「ユリ科図譜」に学ぶ美しい植物学的な構図

日本で出版されたユリ科図譜はⅠとⅡがあり、その中には旧分類で言うところのラン科、アヤメ科、ヒガンバナ科、ユリ科、ツユクサ科が収録されています。ユリ科と言うより、単子葉類の図譜と言った印象の本です。

私がボタニカル・アートを描く時に考える事柄別に科目にはこだわらず代表的な作品を挙げて行きたいと思います。

1 全草を描く

a)全ての要素を1植物体で表現する
ボタニカル・アートを描く時、大きさをどう表現するかは重要な問題です。基本的には表記や記載がなければ図版は原寸で描いていると判断されます。ですからまず、用紙の中に植物全体が入る事が大切なのです。もし入りきらない場合はコンクールなどで大きさの制限がない限り用紙を大きくする事が大切です。
ここに挙げた2点の作品は根、球根、葉、花、蕾等の全ての要素を1本で表現しています。そして細長く構図の難しい植物にバランスをとる為に、下方に花の拡大分解図をモノトーンで加え、目立たない様に葉や花で出来たいらない余白をさりげなく埋めてあります。

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b)重複要素の効果的な省略
この2作品は全草を描く際の例外的なものです。
下右の作品は長い葉の数本の先をカットしてあります。通常ボタニカル・アートでは成葉の葉先や葉元の表現は重要です。しかしこの様に、横広がりの構図を縦構図にする場合、数枚しっかりと葉の表現が出来ていれば、構図上できってしまっても問題ありません。
下左の作品は手前の3本でこの植物の要素の説明が終わっているため、後ろ側に出ている葉や茎を省略して花を際立たせています。

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つまり、省略して良いか否かの判断は、その植物の説明に必要な要素が全て入っているか?という事です。入っていればそれ以上の重複する要素は画家の美意識に従って、むしろ効果的な省略を行っても良いという事になるのです。

2 草丈が高い時

a)1/2に切って配置する
ボタニカル・アートにおいて用紙に入りきらないほど大きな植物を描くことはしばしばあります。特にコンクール等は作品サイズが決まっており、そのサイズに丁度良い植物ばかり描いていたら小さい植物しか描けないという事になってしまいます。そんな時、オーソドックスに行われるのがこの1/2に植物体を切って配置する方法です。下の2作品は手前に花を奥に葉等を配置して植物全体を用紙内に収めています。この場合、断面と断面は繋がるという事になります。

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しかし、ルドゥーテの素晴らしさはむしろ下の作品に表れていると言えるでしょう。上の2作品はただぶつ切りにしてしまったという印象で、画面に固さを感じますが、こちらの2作品は花と葉を入り組ませて画面に入れているため、強引に植物を切ってしまったことをカモフラージュしています。ルドゥーテならではのセンスが光る作品と言えます。

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b)1/3に切って配置する
以前、パピリオと言うランを描いた時、どうしても構図がとれずに断念してしまった事がありました。しかし、このルドゥーテの手法を私が思いついていたら美しいパピリオが描けたのに...と思っています。
通常、茎等を切断する時、(a)のように1/2にする事が多いのですが、ルドゥーテは下の作品の様に「1/3」にしています。私が上手くいかなかった理由は、1/3にしたところ茎が「川の字」になってしまったゆえに、その流れがあまりに強く、構図を壊してしまったからです。しかし、ルドゥーテは中間の1本をつながった状態で無彩色にすることで「川の字」に強くなることなく自然な構図になっています。

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c)あまりに大きな植物を描くには
(a)(b)では切って入れ込むことでなんとか原寸で入りましたが、何mもある樹木の様なものだったら紙の中に原寸で描く事は出来ません。そんな時はボタニカル・アートのお約束を使って表現する事を考えます。下の2点はまさしくこの場合のオーソドックスな方法と言えるでしょう。まず、彩色がしてあり表記のないモチーフは原寸で描かれ、そのバックにモノトーンで全体を描いています。こうすることで画面の中に主従関係が生まれ、見る人に本当は「すごく大きいんだ」と想像させることが可能になるのです。

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以下に紹介する図版はわかりにくいと思わせるものです。私も元々の記載を見ているわけではありませんし、ルドゥーテにその意図を尋ねる事が出来ないので何故こうしたのか?はわかりません。

下左のバナナは全体像を彩色で描き、原寸大の要素はモノトーンで添える様に描いています。ルドゥーテはバナナの姿にとても感動したのかもしれません。この方法で描くなら、彩色してある全体像の縮尺が判る表記があれば良かったと思います。もうひとつ下右の作品は、原寸大、縮小図共にカラーで描かれています。前の作品と比べてそれぞれの要素に主従関係が生まれていない分、分かり易い気はしますが、やはりサイズ表記はあった方が親切な気がします。
しかし、この作品達は我々が1点のボタニカル・アートとして描く場合は問題がありますが、説明書等が別にある書籍であればまったく問題ないのです。

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3 植物学的な視点で要素を盛り込む

a)繁殖の仕方を説明する
植物によっては種子以外にも繁殖する方法を持っているものがあります。下左はイリス・クリスタータの根茎状になった基部で分球し、扇状に増えていく様を表現しています。下右は地中にある球根の分球のしかたにスポットを当て、この植物の特徴をモノトーンで的確に表現しています。

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b)断面の面白さを表現する

下は大変面白い作品です。全体像が分かりにくいという難点はありますが、葉を2分割にして花序とクロス(a)させるという斬新な構図で、このことによって、3角形の葉柄(b)やとよ形の葉鞘(c)そして円形に近い花柄等それぞれの断面形状が面白く表現されています。皆さんがボタニカル・アートとして描く時は、後方にモノトーンで全体像の縮小(d)を描けば完璧な構図となります。

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c)近縁種を比較して描く

下の作品を初めて見た時、だんだん成長して種子をつけるまでの状況を描いたのかと思いました。その理由はそれぞれの実を描いていないせいだったかもしれません。もしかすると花には違いがあり、実には大きな違いが見られなかったからかもしれません。しかし、こうして近縁種を描く事は仮に同一画面上でなかったとしても私たちに大きな知識を授けてくれる事でしょう。

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d)季節の時間や経過を表現する
あるひとつの植物の一年を追いかけていると、花が咲き終わった後、実がついたり、葉が紅葉したり、美しい変化を感じる事がよくあります。これを表現したいと思う時注意しなくてはならない事があります。それは花と実の時期の重なりとズレです。下左はひと株の中に実と花が一緒に存在しています。下右は花序の上方にまだ花が咲いているのに、下方からはもうグリーンの実がなり始めています。この様に描きたいと思っても同時にならない場合は絶対に描いてはいけません。

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もしも少し姿を変え、花が完全に終わった後に実がなる場合は下左の様に地際の位置を揃えてそれぞれの時期を描き、そしてこの図は更にそれぞれの下に分解図を添えるという念の入れようです。もし、大きさもたいして変わらず、小ぶりな場合は下右の様に上下に配して描くと言うのも斬新なアイデアではないでしょうか

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そして最後に、上記は花と実の時間経過の話でしたが、植物にはよく「葉なし花なし」と言われるものがあります。それは花の咲く時期は葉が無く、葉が出る時期には花が無い植物の事です。下左は花が終わった後、葉を伸ばします。下右は花の時期にはほとんど葉がなく花後、葉が出る事をうまく説明しています。

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ルドゥーテの画集は絶版が多く、現在新刊で購入できない物が多いですが
古本であれば入手が可能な物もあります。ご興味のある方はは下記リンクを
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