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神々しき窓辺

神々しき窓辺

画像の説明
賢治が生きた大正時代、青森から上野まで夜汽車で23時間かかったそうです。
夜行列車がめっきり少なくなった今日ですが、汽車で迎える朝はなんともいえない旅情があるものです。賢治の童話「氷と後光」はそんな情景をとらえた作品です。
(前略)
「盛岡だらう。もうぢき日が出るよ。ああすっかり睡っちゃった。」
窓はいちめん蘭か何かの葉の形をした氷の結晶で飾られてゐました。
汽車はたち、あちこちに朝の新らしい會話が起りました。
(へえ、けれどもみそさざいなら射てるでせう。)
いいえ、みそさざいのやうな小さな鳥は彈丸で形も何もなくなります。)
窓の蘭の葉の形の結晶のすきまから、東のそらの琥珀が微かに透いて見えて來ました。
(中略)
俄かにさっと窓が黄金いろになりました。
「まあ、お日さまがお登りですわ。氷が北極光の形に見えますわ。」
「極光か。この結晶はゼラチンで型をそっくりとれるよ。」
車室の中はほんたうに暖いのでした。
(ここらでは汽車の中ぐらゐ立派な家はまあありゃせんよ。)
(やあ全く。斯うまるで病院の手術室のやうに暖かにしてありますしね。)
窓の氷からかすかに青ぞらが透いて見えました。
「まあ、美しい。ほんたうに氷が飾り羽根のやうですわ。」
「うん奇麗だね。」
向ふの横の方の席に腰かけてゐた線路工夫は、しばらく自分の前のその氷を見てゐました。それから爪でこつこつ削こそげました。それから息をかけました。そのすきとほった氷の穴から黝くろずんだ松林と薔薇色の雪とが見えました。「さあ、又お座りね。」こどもは又窓の前の玉座に置かれました。小さな有平糖あるへいたうのやうな美しい赤と青のぶちの苹果を、お父さんはこどもに持たせました。「あら、この子の頭のとこで氷が後光のやうになってますわ。」若いお母さんはそっと云ひました。若いお父さんはちょっとそっちを見て、それから少し泣くやうにわらひました。
(後略)

ランの葉のような氷の結晶がついた窓に射し込んできた光がまるで後光のように赤ちゃんの頭のところで輝いていた。神々しい光景です。

宮澤賢治 童話・氷と後光
wikipedia~カトレヤ

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